京橋の画廊のオヤジのつぶやき

これだけ写真が身近になる事を誰が予想出来ただろうか。少なくとも私が若いころには、全くイメージ出来なかった。それどころか、写真が趣味ですなんて公然と言おうものなら、根暗なヤツとして扱われてしまう事すらあった。

と前置きをしておいて、実は私は20歳くらいから一眼に目覚め、その当時はモダンフォトなんて洒落込んで真似事もしたりしてた。仲間内でスライド上映なんて事もしばしばしてたし、それぞれ写真を見ながら、あーでもない、こーでもないと、楽しんでいたっけ。

そして今。いやはや、スゴイ時代になったよね。写真を撮るなんて行為は、もう日常で、お高いデジイチですら、売れまくっているじゃありませんか。

最近は海森彩生写真展を企画している影響で、写真について、更に深く調べたり研究したりしているけど、あ、これは撮影技術のお話じゃなくて、写真と言う文化の事ね。で、まずはマーケットのお話ですが、アートフォトの分野では、我が日本に於いては、欧米諸国に大きく遅れをとっている感が否めない。

何故なんだろう・・・と考えてみるのだが、コレといった決定打は無かった。世界を席巻するカメラメーカーのほとんどは日本製なのに、日本の写真家が世界には出られないでいる。残念な感じだよね。それこそ写真には言葉は必要無いはずなのにね。で、我が国の現状を考える前に、世界に目をやると、うんうん、そうかそうかと言う事で、レベルが違うことにすぐ気が付いた。まあ、これには異論も反論もあろうかと思うが、兎に角自由なんだよ。何でもアリなんだね。個性もある。

さて、我が日本を見てみると・・・
なかなか個性が見出せないでいるようだ。何とも自由じゃない感じがする。どうしても記録写真から抜け出れない。もちろん記録写真はそれとして役割があるから、否定している訳じゃないよ。

でも、もっと自由に遊んでもいいんじゃないかとも思うんだよね。絵画とは違って、写真で個性を出すのは難しいとも思うけど、やはり個性が欲しいのだ。

出て来い、若き才能!

でもって、写真とは全く関係ないエントリーだったけど、この盆栽ね、実に素晴しかった。小さな鉢に、気が遠くなるくらいの時間軸が垣間見れて、まさにロマンだよね。盆栽がBONSAIとして世界に通用しているように、いつか日本の写真家も、世界で活躍してほしいぞ。

京橋の画廊のオヤジのつぶやきでした。

我こそはと思う写真家は、こちらに連絡されたし。

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